普段から土日は実家に帰ってますが、お盆期間も一応帰りました。
姉も帰ってきていたので顔を見せようかな、て。
まあ、普通に過ごして帰る時、お菓子とかパンを持たされたんです。
姉に。
帰りに紙袋を手に歩いていた時、ふと思ったことがあります。
それは「なんか不思議な気持ち」。
私は姉や妹が遠方の学校や仕事場で実家を出ていく中、大学も職場も家から通える距離だったのでずっと実家暮らしでした。
実家を出たいと思った時には母は年老いていました。
そうするとでるに出られなかった。
それでも母の認知症の悪化の影響で家を出ることになったわけですが。
母は姉や妹がまた自分の家に帰っていく時には必ずおかずやらなにやらを持たせました。
たくさん持たせては面倒がられてました。
でも私には「一緒に暮らしているんだから」と言ってなにも作ってくれなかったんです。
まあ、普通にお弁当も自分で作ってたし確かに困ることはなかったんですがね。
でも、会う機会がないから、で後回しにされてる私に普段のご飯も用意されることがないため私は姉や妹よりも母の手料理を食べる機会は少なかった。
大人になってたけど、それでも恥ずかしいですが不公平感を感じてました。
別に食べたいわけじゃない。
作ってあげようと思って欲しかったんだと思うんですよね。
そうこうしてるうちに母は料理ができなくなり、私も家を出ることになりました。
一緒に暮らしてる時も私が母のご飯を用意してたんですが、今は平日は妹が、土日は私が作り置きをしていく感じです。
だから、あまり歳の変わらない同僚から実家に帰ると食材とかもらって帰ってるから助かる、て話をきくとご両親は元気なんだな、て漠然と思ってました。
私が娘として気遣われるとか、なにかをしてもらうことはもうきっとない。
それは普通に受け止めたんです。
でも、姉にお菓子をもたされた時になんとなく母を思いました。
ああ、私はついぞその機会を得ることなくきたんだな、て。
それは悲しいとも違うし、妬ましいとも違う。
なんとも言葉で表現するのが難しい感情でした。
今は母のご飯を作るために家に帰る。
私には得られなかった機会をこの時はじめて意識したんですよね。
だから、自分がやってることに不満があるわけじゃない。
母の認知症が進んでいても、笑って済ませられるのはまだ徘徊とかの行動がないから。
今はありがたいと思ってます。
協力的な姉妹たちがいてくれて、相談ができる。
全ての気持ちを共有できなくても、それでも1人じゃないのはありがたい。
母にお弁当を作ってもたせられた姉妹たちにはわからない気持ちを、漠然と感じたお盆でした。

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